江戸蕎麦 一香庵 by Suzuasa
 
 
第1回:そばの起源・種類
第2回:そばの栄養学
第3回:そば街道
第4回:年越し蕎麦
 
 
 
 
そばの起源

 蕎麦の起源は、かなり昔までさかのぼり、縄文時代にはすでに蕎麦という植物が存在し、焼きもち、雑炊、すいとんの形で食べられていた。
この蕎麦が一体いつごろから麺となったのか。いわゆるソバ切りの発祥となっていったのは、天正2年(1574)に長野県木曽郡大桑村須原にある定勝寺の古文書により、ソバ切りを振るまった、という記事が1992年に発見されこれがソバ切りの初見となったとされている。

  それ以来蕎麦は、栄養的にもタンパク質の含量が多く、かつ野趣に富独特の風味を有する点が日本人の嗜好に適し、特色ある、いわば庶民の食べ物として老若男女、貴貧を問わず気軽に私達に親しまれてきた。

  このように古くから伝わり、私達の身近にある食べ物の1つである蕎麦に興味を持ち、蕎麦の起源、発祥地、時代ごとの特徴、そして現在に至るまでの蕎麦の歩みについて調べた。
 

<1>江戸初期の蕎麦

 地方から入ってきたソバ切りは、江戸に定着し発展した。その理由の一つは、当時江戸町は建設途上で、多数の労働者、職人衆が全国から集まっていたのである。その為、それらの人々達の間で蕎麦は安価な食べ物として好適であったことが考えられる。しかし、1番の大きな理由は、ソバ切りが江戸っ子の嗜好にかなったということだと思う。


<2>元禄時代前後の蕎麦

 ソバ切りは初め、菓子屋や茶屋で半商売に売られていた。そのころ看板には「うどん、そば」と蕎麦が後に書かれていた。しかし、元禄時代の後期にもなると蕎麦専門の店や二階を出合茶屋にしていた店が多くみられ、蕎麦の発祥がうかがえる。


<3>江戸時代の蕎麦

 江戸時代初期、麺類店の蕎麦は「ぶっかけ」という、汁をかけて食べる蕎麦があった。中期になると「けんどん」と呼ばれけんどん屋は店を構えた店だけが、店を持たずに営業する屋台の「夜そば売り」が寛政11年(1799)以降には流行となった。その後、夜そば売りは「夜鷹そば」といわれていった。


<4>明治以後の蕎麦

 大正12年の関東大震災、昭和16年からの第二次世界大戦により日本は経済的に苦しくなり、蕎麦にも被害が及んだ。それにより蕎麦の材料、製法、そして何よりも蕎麦に対する日本人の姿勢が変わってしまった。

 
国際学院埼玉短期大学・卒業研究論文集・平成7年度より抜粋・転載
そばの種類

蕎麦の種類は現在、次の三種に分類される。 

  (1)普通蕎麦(栽培種)

  (2)韃靼蕎麦(栽培種)

  (3)宿根蕎麦(野生種)

我々が普通蕎麦と言っているのは
(1)の蕎麦であり、日本各地はもちろんソ連、中国、アメリカ、欧州各国などで栽培され、食用に供される物や他家受精の1年生もこの種である。

一香庵では、北海道は幌加内産 有機栽培の蕎麦だけに限定した高品質な原料を石臼でゆっくりと挽いて提供している。

(2)の蕎麦は苦蕎麦とも言われ、苦みが強く、ヒマヤラ諸国を中心としてソ連、中国、カナダの一部で食用や家畜として栽培されている。

(3)は、インド原産の多年生で 冬に地上部が枯れても、地下の黄赤色の根から年々新しい茎をだしては四方に繁茂していく。このように現在では、三種に分類され我々の口にする蕎麦は(1)の普通蕎麦である。

 
国際学院埼玉短期大学・卒業研究論文集・平成7年度より抜粋・転載